七五三の写真撮影とか、母校の学園祭とか

七五三写真撮影


長女(五歳)に着付け

長女(五歳)に着付け


9月中旬に香川に帰省した際、娘たちの七五三の写真撮影をしました。
長女は年長さんで今年6歳、次女はもうすぐ3歳になるところです。

靴だけ持参して写真スタジオに行き、その他衣装から髪飾りから、すべてお借りしての撮影。
ヘアメイクも、道具を借りて、自分たちで済ませました。
写真では、次女がお人形さんにヘアメイク中です。

小さい子の撮影ってほんと大変ですよね!
着物って窮屈だし、何枚も着込んで暑いです。髪も引っ張られて不快なんでしょう。
すぐにぐずりはじめるので、撮影に長い時間はかけられません。
ぱぱっと着て、ぱぱっと撮ります。



着付け待ち次女(二歳)

着付け待ち次女(二歳)


それでも長女は、だいぶ我慢ができる年齢になりました。
まずは長女から着付けスタートです。

長女の着付け中、次女はおもちゃで遊んでいます。
髪のセットは気に入ったみたいです。良かった。



着物でご機嫌♪

着物でご機嫌♪


次女も着物でご機嫌♪



紅さす娘

紅さす娘


頬紅をさす次女。

2歳の子供でも、自分でお化粧しようとするんです!
おしめが取れたばっかりなのに、もう女の子なんだね。



ドレスもお借りして

ドレスもお借りして


ドレスをお借りして、洋装も撮影しました。
”馬子にも衣装” といいますか、娘たちの可愛らしさに心が和みました。

特に長女!ほんのり頬紅をさして、口紅を塗ったら、雰囲気が一変!
幼女ながらも色気みたいなものが出るんですね。驚きました。

普段は、いろんなものにまみれながら子育て沼で奮闘していますから、プロの手を借りて、こういう素敵な一瞬を切り取っておくことって大事ですね。
写真の出来上がりが楽しみです!

観一祭


2015年観一祭・デカンショ

2015年観一祭・デカンショ


午後からは、わが母校「観音寺一高」の学園祭に行ってきました。

といっても到着したのは、ちょうど祭りもフィナーレに差し掛かった頃、
男子生徒によるデカンショ節が始まったところでした。



でかんしょーでかんしょーで半年暮らす!ヨイヨイ!

でかんしょーでかんしょーで半年暮らす!ヨイヨイ!


デカンショーデカンショーで半年暮らす、ヨイヨイ!
後の半年ャー寝て暮らす!ヨーイヨーイ、デカンショー!

定番の歌詞に引き続き、ステージ上の学生が、自作の歌詞でデカンショ節をうたいます。
時事ネタや先生ネタ、恋愛ネタなど、高校生らしいデカンショ節を歌うのですが、
スピーカーが悪いのか、私の耳が悪いのか、よく歌詞が聞き取れませんでした。ざんねん!



蛇踊りで絣の着物を着た女子

蛇踊りで絣の着物を着た女子


男子のデカンショを眺める、着物女子。

女子は「民謡踊り」という演技をします。
衣装は絣の着物と、赤いターバンのような布。

私が生徒だった頃と、衣装は変わってません。
懐かしい思いで見させてもらいました。

そういや校舎も建て替えられて、半分ほどのサイズに縮小されていましたが、雰囲気は変わってませんでした。
学生さんの雰囲気も、昔と大差ないように思えます。

でも、気づけば卒業から四半世紀。
何も変わってないわけないよね。



地面にアンパンマンを落書き

地面にアンパンマンを落書き


人垣でデカンショが見られない娘たちは、地面にアンパンマンの落書きをしています。



巨人の手

巨人の手


巨人の手にとらわれる次女。



トトロと一緒

トトロと一緒


トトロと一緒に。

山牛(山田牛乳店)


おやつは山牛

おやつは山牛


娘達にとって、本日午後のメインイベントは山牛(やまぎゅう)です。
店頭のソフトクリームに抱き着く次女。

山牛は観一近くの甘味屋さん、高校時代に良く通ったお店です。
ソフトクリームやかき氷、独特のアイスコーヒーなどが好きでした。
部活帰りにいただく、シャリシャリ氷の甘いクリームコーヒー美味しかったなあ。



山牛のソフトクリーム

山牛のソフトクリーム


山牛のこってりソフトに癒される一行。



上市商店街のえびすさんと弁天さん

上市商店街のえびすさんと弁天さん


帰りには、上市商店街の七福神の石像で遊びました。
えびすさん、弁天さんと一緒にポーズ!

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コメント

  1. 金曜の寒梅 より:

     私達の燧灘祭は1969年でした。思い出は尽きることなくあります。何故か記憶の淵は忘れることなく段々深くなって行きます。校舎は出来たばかりの、コンクリート打ちっぱなしの意匠で、階段の辺りなどは暗い印象があります。この学園祭では三年生は、校庭のキャンプファイアーで、余興を何かやらなければなりませんでした。体育館でも合唱大会が開かれました。自治委員(学級委員をこう呼んでいました)でしたから、学校の近くの友人にギターを持ってきてもらい、何曲か歌唱指導して歌いました。「戦争は知らない」「おさななじみ」「A BOY LIKES A GIRL」の三曲です。私がギターを弾き始めると、担任の教師が驚きました。当時の私はかなりのがり勉で、まさかギターを弾いて歌えるとは思わなかったようです。
     「戦争は知らない」は寺山修司の作詞でフォーククルセダーズが歌っていました。この教師は、時々書かせていただく、後に母校の校長になった先生で、上京されると「お前のおかげでこの曲が歌えるようになった。」と未だに言われます。
    「青春デンデケデケデケ」の映画にも出てきますが、教師の口癖はいつも「勉強せえよ」でしたから、息抜きには忘れられないイベントでした。
     教師の口癖のおかげかどうか、同期では7人くらい医学部に進学しました。一番難しいとされる医学部に1名、二番目に難しいとされる医学部に2名でした。当時国立大学の授業料は年間12000円でしたから、72000円で医者になった訳です。県で二番目に難しいと言われた城下町の高校を抜いて県都の高校の次になったのではと言われたこともありました。

  2. ヒナ より:

    金曜の寒梅さんの記憶力は、本当に素晴らしいですね。まるで昨日のことのように、思い出があふれ出てくるようです。
    勉強だけじゃなく、音楽の方にも打ち込んでおられたんですね。
    合唱大会の曲は、私の両親が知っているかもしれません。

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